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東京地方裁判所 昭和54年(ワ)2760号 判決 1980年7月15日

原告 甲野ハナ

右訴訟代理人弁護士 角尾隆信

右同 五百蔵洋一

被告 乙山ハル

右訴訟代理人弁護士 長谷川正浩

右同 原田敬三

主文

一  被告は原告に対し金一一二七万五〇〇〇円および内金九六二万五〇〇〇円に対する昭和五四年四月八日から右完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し金一三〇〇万円および内金一二〇〇万円に対する昭和五四年四月八日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1(一)  被告は、昭和五一年二月一二日原告に対し、自分は調布市仙川町×丁目××の××番所在畑(現況宅地)七〇〇平方メートル(以下、本件土地という)の所有者丙川ナツの代理人であるが、同人の都合で右土地のうち四六坪を売りたい意向があり、値段は坪一五万円、合計六九〇万円であるが買わないかと話したので、原告は、これに応ずることとし、同日売主丙川ナツ、買主原告とする被告の申出どおりの内容の売買契約をした。

(二) 次に、被告は、昭和五二年早々に原告に対し丙川の代理人として、本件土地のうち一四坪を、前と同じく坪一五万円、合計二一〇万円で追加して売りたいと話したので、原告はこれに応じ、同日前記同様右一四坪について売買契約をした。

(三) さらに、昭和五二年四月被告は、原告に対し丙川の代理人として、本件土地のうち二〇坪を坪二〇万円、合計四〇〇万円で追加して売りたいと話したので、前記同様右二〇坪について売買契約をした。

2  そして、原告は、売買代金合計金一三〇〇万円のうち金一二六〇万円を左のとおり被告に交付した。

(1)昭和五一年二月一二日 金二〇〇万円

(2)同年二月一八日 金六〇万円

(3)同年三月一日 金一八五万円

(4)同年一一月四日 金二二〇万円

(5)同年一二月一日 金一〇〇万円

(6)同年一二月二七日 金五〇万円

(7)昭和五二年四月七日 金一三〇万円

(8)同年五月九日 金二〇〇万円

(9)昭和五三年一月六日 金一〇〇万円

(10)不詳 金一五万円

3  しかるに、被告は所有権移転登記をしないし、所有者という丙川にも会わせようとしないので、原告は不審に思い、昭和五三年春頃調査したところ、丙川ナツなる者は契約書記載の住所には居住せず、登記簿によると本件土知の所有者は丙川夏夫で、丙川ナツでないことが判明した。

要するに、被告は、本件土地が丙川ナツの所有ではなく、かつ、丙川の代理人でもないのに、前述のとおり嘘を言って、その旨原告を誤信させて前記売買契約を締結させ、その売買代金名下に前記金員を騙取したものである。

被告の右詐欺によって、原告は、前記金一二六〇万円相当の損害を被った。

4  その後被告は金六〇万円を返還したのみで、残金一二〇〇万円を原告の再三の支払要求にもかかわらず支払わないので、原告は、やむをえず弁護士角尾隆信、同五百蔵洋一に対し本件訴訟の追行を委任し、その報酬として第一審判決の日に金一〇〇万円を支払う旨約したが、右報酬金額も被告の詐欺によって原告の被った損害というべきである。

5  よって、原告は、被告に対し金一三〇〇万円および内金一二〇〇万円に対する本訴状送達の日の翌日である昭和五四年四月八日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する答弁

1  請求の原因1の(一)のうち、原告主張の日に原告と丙川ナツとの間に原告主張の売買契約が成立したことは認めるが、その余は否認する。

2  同1の(二)のうち、原告主張の頃原告と丙川ナツとの間に原告主張の売買契約が成立したことは認めるが、その余は否認する。

3  同1の(三)は否認する。

4  同2は否認する。

原告は、(1)ないし(6)、(8)および(9)の各金員を丙川ナツに支払ったものである。

5  同3は否認する。

6  同4は否認する。

7  同5は争う。

三  抗弁

1  被告は、本件紛争後、丙川ナツから仲介手数料として受領した金一一五万円を、原告に対し支払った。

2  仮に、被告の詐欺が認められ、原告がその主張する損害を被ったとしても、

原告は、おそくとも昭和五一年五月には本件土地の所有名義や真の売主について直接調査しうる状況にあったし、かつ、不動産の売買という重大な取引をする以上、そうすべきであったのに、不注意でこれを怠ったのであるから、昭和五一年五月後の原告の出費には原告の過失に基因する部分があり、被告の賠償すべき額について右の過失も斟酌さるべきである。

四  抗弁に対する答弁

1  抗弁1は否認する。

被告は、前述のとおり、金六〇万円しか支払っていない。

2  同2は否認する。

第三証拠《省略》

理由

一  《証拠省略》によれば、

1  原告と被告は近隣に居住し、かねてから知り合っていたところ、原告は、昭和五一年二月一二日頃、被告(当時七四才)から土地の売買を世話すると言われ、被告の案内で丙川ナツが所有するという調布市仙川×丁目××の×所在の土地(現況は畑で、本件土地と異なる)を見分し、かつ丙川ナツの居住するという家(ただし、後記のとおり同人はここに居住せず、実際は丙川冬夫の家)を教えられたうえ、代金は丙川ナツが必要なときに払ってもらえば良いと被告が言うので、以上のような被告の言動を信じ、四六坪の土地を代金坪当り金一五万円で買うこととし、同日手付金として金二〇〇万円、同年二月一八日内金として金六〇万円を被告に手渡し、被告は、この各金員をいずれもその頃丙川ナツに引渡したが、右金六〇万円の領収書を同人から受取って原告に交付し、さらにその後、丙川ナツから売買契約書(買主原告、売主丙川ナツ、立会人被告と各記載され、対象土地の所在地の表示はない)を受取って、これを原告に交付し、原、被告ともその名下に押印した(なお、原告が右契約書を受取ったときには、丙川ナツ名下には同人の押印がすでになされていた)こと、

2  そして、原告は、同年三月一日代金の内金として金一八五万円を被告に手渡し、被告は、これを丙川ナツに引渡して同人の領収書をもらい、原告に交付していたが、同年一一月三日になって、原告は、被告からさらに一四坪を買わないかと言われて、これをも坪当り金一五万円で買受けることにし、その頃、以上の合計六〇坪についての売買契約書(買主原告、売主丙川ナツ、立会人被告と記載され、対象土地の所在地は、調布市仙川×丁目××番××、引渡および所有権移転登記の日時として同年一一月三〇日と記載されている)を被告の手を介して丙川ナツから受取り、そして、いずれも売買代金の内金として、同年一一月四日金二二〇万円、同年一二月一日金一〇〇万円、同年一二月二七日金五〇万円を被告に手渡し、被告は、右各金員をいずれも原告から受取った頃に丙川ナツに手渡して、その都度同人の領収書を受取って原告に交付したこと、

3  ところが、原告は、昭和五二年四月にまた被告からさらに二〇坪を坪当り金二〇万円で買わないかと言われて、これをも買受け、同年四月七日金一三〇万円、同年五月九日金二〇〇万円、同年七月一一日金一五万円、昭和五三年一月六日金一〇〇万円をいずれも代金の内金として被告に手渡し、被告は、右各金員をいずれも原告から受取った頃に丙川ナツに対し引渡して、その都度同人の領収書をもらって原告に交付したこと、

4  ところで、原告は、この間ただの一度も丙川ナツなる者に会ったことはなく(今日に至るも会っていない)、しばしば被告に対し同人に会わせてくれるよう要求したものの会わせてもらえなかったし、丙川ナツからも幾度か直接電話をもらったことがあったが、その際同人に対しその電話番号を教えてほしいと言っても教えてくれず、会いたいと言えば近いうちに会うというのみであったし、また約束の登記をする昭和五一年一一月三〇日を経て後も、被告および丙川ナツ(電話で)に登記手続をするよう求めたが、もう少し待って欲しいと言ってその手続をしてくれなかったところ被告および丙川ナツ(の電話で)の要求がある都度前述のとおり売買代金の内金として金員を被告に手渡して来たこと、

5  一方、被告は、丙川ナツと昭和五〇年知り合ったのだが、同人からその所有地と聞いた土地に、前記のとおり原告を案内したものであったところ、被告自身丙川ナツの正確な住所地、電話番号は知らず、同人との連絡はもっぱら同人からかかって来る電話で行ない、同人の指示で京王線仙川駅の電話ボックス附近で同人と会って、その都度、原告から受取った金員、その領収書、前記売買契約書等の授受をなし、そして手数料として同人から金二〇〇万円を支払ってもらっていたこと、

6  かくして、不審を抱くに至った原告は、昭和五三年四月契約書表示の土地につき、その登記簿を調べてみたところ、同地の所有者は丙川ナツでなくて、丙川夏夫という人の所有地であり、被告に教えられた丙川ナツが居住するという家には同人は居住していないことがわかったこと、

以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

二  右の認定事実にかんがみると、丙川ナツなる人物は売買代金名下に原告から金員を騙取しようと意図して前記金員を詐取し、そして被告は同人の委託を受けてこれに加担したことは明らかといえるが、被告が当時丙川ナツの右意図を知りながらこれに加担したとか、あるいは被告自身が原告から金員を騙し取ろうとする意図のもとに前記の一連の行動をとったものと解することは、他にこれを裏づける確かな証拠がない以上困難というべきであろう。

しかし、いやしくも他人からその所有するという土地の売却を依頼され、第三者にその買受をすすめ、一応その取引を成功させて多額の金員の授受に関与するからには、当然のことながらその土地の所有関係を十分確認することはもちろんのこと、最低限として売主たる依頼者の身元、住所、電話番号ぐらいは知りつくしたうえで、第三者と交渉しその者に対し不測の損害を被らせないようにする注意義務があることは多言を要しないところであろう。前記認定の事実によれば、被告は、右義務を全く尽さず、漫然丙川ナツなる人物の意のまま行動したことが明白である。被告のかかる行動によって原告が前記の合計金一二六〇万円の損害を被ったものといえる。

しかしながら、被告はもとより不動産売買等の仲介を業とする者ではなく、特に不動産取引等に関する知識経験を有していたとは思われない無職かつ老令の者であって、原告は、このような被告の紹介で、当時の時価としてはいささか安い値段で土地を買い受け、もっぱらかかる被告を介し一面識もない丙川ナツなる者と意思を疎通し、そして代金、領収書、売買契約書等の授受を行なって来たこと、約束の所有権移転登記の時期(昭和五一年一一月三〇日)以降も、原告の要求にもかかわらず、丙川ナツおよび被告はその手続をせず、また丙川ナツにも会えなかったこと等にかんがみると、おそくとも金一三〇万円を被告に手渡した昭和五二年四月七日までには、原告としても少しく注意したならば、丙川ナツが原告に会うことを避けようとしているとの印象、被告に対する不信感を抱き、したがって、本件の売買について何らかの疑をもったはずであり(右日時頃にも、なお被告および丙川ナツが原告に何らの疑いも抱かせぬ程の巧妙な言動を弄していたことを認める証拠はない)、そして、売買契約書に表示された土地が真実丙川ナツの所有なのか否か調査するのも容易であったし、それはともかくとしても、丙川ナツなる者が居住すると教えられた家を原告は知っていたのだから、その家を訪ずれるなり、その家の者に問うことなどは簡単に出来たはずであって、そうしていたならば、昭和五二年四月以降の出捐はまぬがれることも出来たものといえるであろう。このようにみてくると、少くとも昭和五二年四月七日から昭和五三年一月六日までの四回に亘る合計金四四五万円の原告の出捐したがって損害は、原告の不注意も加わって生じた損害と解せられ、そして諸般の事情を考慮すると、原告の過失はその五割とみるのが妥当と思う。

したがって、被告は、原告に対し金八一五万円(昭和五一年二月一二日から同年一二月二九日までの六回に亘る原告の出捐による損害)および右金四四五万円の五割に当る金二二二万五〇〇〇円の合計金一〇三七万五〇〇〇円を賠償する義務がある。

三  《証拠省略》によれば、被告は、その後昭和五三年三月九日までに合計金七五万円を原告に返還したことが認められる。

被告は、右のほかになお金四〇万円を支払ったと主張し、右主張にそう乙第一号証の記載と被告本人の供述があるが、《証拠省略》によると、原告が被告に対し昭和五一年三月一七日に金四〇万円を貸与したところ、右乙第一号証に記載されている金四〇万円はその返済金であることが認められるので、これを本件の損害賠償に対する弁済金とみることはできない。

四  本件記録および弁論の全趣旨によれば、原告が本件訴訟追行のため、その代理人である弁護士両名にその委任をし、報酬を支払う旨約したことが認められる。そして、原告が支払わねばならない右報酬金も、被告の前記過失行為に基因する損害と解すべきであり、その額は、本件訴訟の難易、被告の賠償額等諸般の事情を考慮して金九〇万円が妥当である。

五  したがって、被告は、原告に対し以上の損害合計金一一二七万五〇〇〇円から前記の返還金七五万円を控除した金一〇五二万五〇〇〇円と内金九六二万五〇〇〇円(右損害額から弁護士報酬額を控除した金員)に対する本訴状送達の日の翌日である昭和五四年四月八日から右完済に至るまでの民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるから、原告の本訴請求は、右の限度で理由があるので認容し、右限度を超える請求部分は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条但書を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 大澤巖)

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